ヨガナンダのブログ日記

日々の暮らしの中で頭に浮かんだ思いを
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平和都市広島

2006.10.20 Friday

今日は親しくしていただいている小畑朝子さんとともに
平和都市広島を再認識しようということで
自転車に乗って平和公園を訪ねました。

元安橋を渡ってレストハウスの前を走っていると
子供たちの声を合わせた大きな声が聞こえてきます。

原爆の子の像の前で修学旅行生らしき一行が
平和のメッセージを唱えています。

聞いてみると大阪の寝屋川市から来た梅ヶ丘小学校の子供たちです。

寝屋川市立梅ヶ丘小学校 平和公園

声に張りがあり、みんなとっても姿勢がいいです。
多くの観光客が足を止めて聞き入っていました。

平和のメッセージを唱え、歌を歌い、
そして像の下の台座にみんなで作った
千羽鶴を供えています。

寝屋川市立梅ヶ丘小学校 平和公園

この子供たちに平和公園、被爆都市広島は
どのように映ったのでしょうか。

子供たちの真摯な姿勢に、
こちらの身も引き締まってきます。


小畑さんに広島原爆死没者追悼平和祈念館を案内しました。
小畑さんはここを訪れるのは初めてだそうです。

いつもいつも思うことですが、
この新たなる平和を築くために必要な
貴重な被爆証言という財産を、
ほとんどの人が触れることはおろか知ることすらないという現状は
本当に残念でなりません。

  こちらをまだお読みでない方は、
  是非お読みください。
    かけがいのない財産  被爆者の思い

原爆で亡くなられた方々の遺影がディスプレイに映されています。 

国立広島原爆死没者追悼平和祈念館にて小畑朝子さん

ここに遺影があるのは一万四千人、
原爆で亡くなられた方の十分の一です。

そして今目の前にあるお顔はそのまた何十分の一、
何百分の一です。

けれどもそのお一人お一人、みんな違うそのお顔を見ていると、
それぞれに人生があり、
その人生をほんの一瞬の原爆の炎、爆風によって
焼き尽くされてしまったことに
なんともいたたまれない思いがします。


若い頃アメリカの軍都サンディエゴを訪れたことがあります。

その街はずれの丘の上におびただしい数の十字架が並ぶ
軍人墓地がありました。

ベトナム戦争、ヨーロッパ戦線、・・・
戦争ごとに分けられた墓標はどこまでも果てしなく続き、
豊かな緑に包まれた真っ白な十字架の鮮やかな輝きは、
今でもまぶたに焼き付いています。

戦争で亡くなられた人の数を何千、何万と数字だけを聞いても
その意味を体で感じることはできませんが、
何かのキッカケでその数を体で理解することができた時、
怒り、悲しみを超越した空しさ、愚かしさを覚えます。


小畑さんと二人で再びAさんの被爆証言を聴きました。

そのあまりに悲惨な体験ゆえ
半世紀近く口を閉ざしていたAさんが語る
「もうこんな過ちを二度と繰り返してはならない・・・」
という平和のメッセージ、
この心の叫びより重い言葉が他にあるでしょうか。


広島は原爆が落ち焼け野原になり、
その復興とともに古い五つの町の名前がなくなりました。

そのひとつが材木町で、
Aさんの生まれ育った故郷です。

Aさんは広島駅で被爆し、
爆心地と反対方向に逃げ一命を取り留められました。

数日後丘の上から広島市内を見ると焼け野原、
故郷の材木町も生まれ育った家もすべて焼失してしまい、
Aさんは身近な肉親の方五名を亡くされたのです。


平和公園の中に材木町の石碑があります。
二人してその前で手を合わせました。

平和公園の中にある材木町の石碑

秋だからでしょうか、
今日は幼稚園児から小中学生、
たくさんの子供たち、観光客の人たちが
この平和公園に来ています。

石碑のそばで楽しそうにお弁当を広げる
子供たちの姿を見ていると、
この過去の過ちを糧として、
なんとしても平和を守っていかなければならないという誓いが
新たになります。

それが亡くなった方たちへの最大の供養になるでしょうから。


平和公園を後にしようとしていると、
偶然カンボジア市民交流会の国近京子さんとバッタリ出会いました。

私は国近家の自称“長男”となっているほどお世話になっています。

小畑さんも国近さんと十数年前“サロン明元素”という交流サロンを
一緒に切り盛りしていた深い関係です。

けれどもここ十年ほど会っておられないので、
つい先日私のケイタイで
「また近いうちお会いしましょうね」
と二人で話しておられたばかりです。

国近京子さんと小畑朝子さん

お二人が持っている大きなポスターに写っているのは
来月11月に12年間の努力の結晶が実って
カンボジアに完成するひろしまハウスです。

左側の小さな国近さんがこのカンボジア支援の運動をスタートさせ、
早稲田大学の石山修武教授、元広島市長の平岡敬さんら
多くの人たちを引き込んでこの大きな平和交流プロジェクトを
完成させたのですから、
そのパワーと努力たるや並のものではありません。


それにしてもすごいシンクロというか偶然です。

右側の小畑朝子さんも平和と自然を愛する
超パワフルな女性です。

国際風水学研究所と聖なる山二葉山を守る会の事務局長を務め、
日々明るく元気に走り回っておられます。
  小畑朝子プロフィール ・・・ 元気の出前いたします!! ≡≡≡ヘ(*゚∇゚)ノ

僭越ながら私も仲間に加えていただけるならば、
まさに「平和の三つどもえ」ですね。

この後三人で一時間あまり、
美味しいランチを食べながら熱く熱く語り合いました。


素晴らしきこの一日、
平和都市広島の意義を、
今日はさらに深く心に刻むことができました。

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